夏風



なんで一緒にいるかって言われたら、「似ているからだ」って答えると思う。
学校の奴らが言うみたいにツキアッテルとか、友達とか、そういう関係じゃなく、似た者同士だから傍にいるってこと、こいつはわかってんのかな。
翔太は一人分後ろを歩く美咲を背中で伺った。
なんだか最近、似たものだったこの同士が、枠から外れていくような気がしてならない。
入道雲がもくもく、青色の濃い空の彼方にみえるような暑い夏だって、今までは朝から晩までサッカーしてたのに。今年のこいつは「日に焼けるから行かない」なんて言いやがった。 今日の夏祭りだって、そうだった。


二人はおんなじアパートの3階と4階に住んでいて、当然通学グループも一緒で、同じクラスで、あまつさえ去年までおんなじサッカークラブだったから、割とニコイチで扱われることが多かった。遠慮はいらない関係だ。
そういう事情で、お互いの暇なときの急な呼び出しはお互いで賄われていた。学校終わってゲームの対戦相手欲しいとか、休日サッカーのパス練したいとか、そういう時に相手の家に行って、相手も暇だったらラッキー。
夏休み半ばの夕方、翔太の家に美咲がきたのも、そういう事情からだった。

「翔太、暇人でしょ。夏祭り行くよ」
「夏祭りィ? こんな暑い中めんどくせえな。大体、オレ暇人じゃねーし」
「翔太のおばさん、夏祭り行くって行ってたから、多分夕飯は夜店で済ませるよ。行かなかったら翔太は夕飯なし。というか、何かすることあんの?」
「することぐらいあるし。ゲームしたりとか、テレビ見たりとか、・・・風呂入ったり・・・とか、ト、トイレいったりとか!」
「暇人じゃん」
「ウルセー、分かってるっつーの」

美咲のいかにも呆れた視線に、翔太は頭を掻いた。


夏祭りはちっちゃい規模ながらも夜店の種類があって、活気があった。かき氷と焼きソバを腹に納めて、あとはステージの出し物を見物しながらゲームで遊ぶのが大体のルートだ。
射的に行くか、ヨーヨーかで美咲ともめて、じゃんけんで射的を先にすることになった。
こういう夜店の例に漏れず、射的の一番の商品は、流行りの携帯ゲーム機だった。その目録は何人もの挑戦者が狙ったのだろう、射的屋の周りには低学年の子がわらわらといる。
こういうのが下手くそな小さい子なんかは、外れると誰が取るのか気になるよな。見てるだけでもそれなりに楽しいし。自分の小さい時のことを思い出しつつ、翔太はおじさんに三百円を渡した。かわりに十発分コルクの弾をもらう。
「弾はすこうしカーブして飛ぶから、ちょっと上目を狙うんだよ。で、真ん中より端の方を狙う」

言いながら、ギリギリまで身を乗り出す。

「ハイハイ、知ったかぶり」

美咲が揶揄うようにそう言うが、翔太は別に気にしなかった。スナイパーは結果で語るものだからな。弾を込め、パシ、パシ、と狙っていく。
十発のうち四発は外れた。六発は一応当たったものの、携帯ゲーム機は取れず、かわりに下の方にあったプラスチックの小さな花が付いた髪留めの袋が倒れた。周りから歓声が沸く。

「ちぇ、外した。おじさん、そのゲーム機後ろにつっかえ棒してんだろ」
「ハハ、してないよ。ほら坊主、こっちが当たったじゃないか。そっちのカノジョにプレゼントでもしたらいい」

射的屋は苦笑いで落ちた髪留めを回収し、翔太に手渡した。翔太は残念そうな唸り声を上げてその場を離れた。
美咲が不本意そうにウチワを扇ぎながら文句を言った。

「おっさんは嫌よね、男子と歩いてたらすぐカノジョだカレシだ、いうんだもん。大人って考えが安直すぎるよ」
「まあな。それよりさ、絶対、アレつっかえ棒してたよな」
「さあね、アンタが下手くそだったんじゃない?」
「ハア? 六発は当たっただろ!」
「狙ったのとは別のとこにね。大体、『弾はカーブして飛ぶから、ちょっと上目を狙う』って、先輩の受け売りじゃない。小さい子の前でカッコつけちゃって」

顎を斜めに傾げて、ちろ、と寄越された半目の目線。憎まれ口は図星を突いて、翔太は顔が熱くなる思いがした。

「・・・なんでお前そんな可愛くねえの? だいたい、先輩が言ってたことなんでお前が知ってんだよ。もしかして好きなの?」

翔太の言葉に、美咲が戸惑ったように黙る。その沈黙を勝手に肯定と解釈して鬼の首でも取った勢いで吐き出した。

「わーマジ先輩可哀相、こんな奴に好かれてるとか。髪留め、お前にやろうと思ってたけどやっぱやめたわ。お前みたいなオトコオンナが色気づいちゃって先輩に迫ったりしたら、先輩がかわいそうだもんな」


翔太は、思ってもみなかったのだ。
きっと、美咲は怒って、自分をひっ叩くか、そうじゃなければマシンガンみたいに倍以上の憎まれ口で罵ってくると思っていた。
 だから、そういうつもりじゃなかった。
美咲は顔を真っ赤にしてフグみたいに膨らませ、口を開いた。ただ、そこからは言葉が出ずに、かわりにつり上がった目から、大きなひとしずくが溢れた。
美咲自身も驚いたようだった。溺れた金魚のようにパクパクと唇を開閉して、その涙が取り返しのつかないものだとわかるとクシャクシャに顔を歪めた。ヒィックと大きくしゃくりあげる。

「・・・なん、なんで、そんなこと、・・・ッ、言うのよぅ」
「べ、別に悪口とかじゃねえし」

動揺した翔太の言葉は相手には届かず、ふえぇ、とか、ひえぇ、みたいな音を喉から出して、美咲は顔を覆った手の隙間から聞きとり辛い言葉で「もう帰る」と言った。



帰路は来たときと同じはずなのに、長かった。
喧騒が遠くに聞こえる。時間もだいぶ遅くなったし、夏祭りももうすぐ終わりかもしれない。
すん、すんと洟を啜る音が背後からずっとしていた。ただでさえTシャツが汗で貼り付くようなのに、さらに湿っぽい。
いつからこんな、「女の子」みたいなやつになったんだろ。
ざわざわ、葉ずれの音とうるさい虫の声がしているのに、いつもよりやけに静かに感じて居心地が悪い。
無言で責めるような雰囲気に理不尽を感じて、最後にもう一言いってやろうと振り向いた。その時だった。パ、と景色が赤く光った。

「キレー・・・」

ドォン、という一拍遅れて響いた音に紛れて小さな声がした。仰向けた顔に赤い花火の色が映っている。
さっきまで泣いてたんじゃないのかよ、と翔太は呆れと、少しの安堵に笑ってしまった。

花火が次々に打ち上がる。暫く二人でそれを眺めていた。空気が少し、緩むのを感じて、今なら勇気が出せる気がした。
右手に小さな髪留めを乗せて、ぶっきらぼうに差し出す。

「やるよ。だから機嫌直せよ。泣かれるとさ・・・困る」

仲直りな、と美咲の手に無理やり握らせる。美咲はわらった。泣いたあとと、すぐわかるような腫らした顔だったが、それはいつもの呆れたような笑い方だった。

 「じゃあ、もらっとくね。アンタさ、」

 美咲は、そこまで言って言葉を切った。ちょっと迷うようにして、それから翔太の見たことがない顔をした。母さんを怒らせたあと、謝った時にする表情と似ている顔。
 なんだか、翔太は腑に落ちたような心地がした。最近のこいつの言動も、そういうことなのかもしれないな。ずっと似たもの同士と思ってたけど、もしかしたら、女っていうのはこういう表情をするように出来ているのかもしれない。
 柔らかい表情で、美咲が言った。

「まあいいや。・・・明日、久しぶりにパス練付き合ってあげようか」
 「マジで? じゃあ朝飯食ったらウチ来いよ」
 

夜風が優しく吹いて、涼しさを感じさせた。明日もまた、晴れるだろう。


(了)
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